「抗うつ薬を飲んでいます」
日々、患者さんのお話を伺っていると、そうお聞きすることがあります。
うつ病や不安症などの治療を受けている方は、決して珍しくありません。
一方で
「この薬は、脳の中で何をしているんだろう?」
と考えたことがある方は、意外と少ないのではないでしょうか。
抗うつ薬という名前から
「気持ちを楽にする薬」
「セロトニンを増やす薬」
というイメージを持っている方も多いかもしれません。
実は、抗うつ薬の歴史をたどっていくと「脳とはどのように働いているのか」という問いに少しずつ近づいてきたことが分かります。
そして、その先には「神経可塑性」という、とても興味深い脳の性質があります。
今回は、代表的な神経伝達物質であるセロトニンを入り口に
「抗うつ薬は何をしているのか?」
「なぜ、セロトニン不足=うつ病ではないのか?」
「それでも、なぜ薬によって症状が改善するのか?」
「脳が変化するとは、どういうことなのか?」
そして最後に「このことは慢性的な痛みと、どのようにつながるのか?」について、できるだけ分かりやすくお話しします。

まず知っておきたい「セロトニン」という物質
私たちの脳では、たくさんの神経細胞が情報をやり取りしています。
その情報伝達に使われている物質の一つが「セロトニン」です。
セロトニンは、気分だけに関係している物質ではありません。
睡眠、覚醒、感情、食欲、認知、痛みの調節など、さまざまな生理機能に関わっています。
神経細胞同士は、直接つながって情報を渡しているわけではありません。
神経細胞と神経細胞の間には小さな隙間があり、そこへ神経伝達物質が放出されることで、次の神経細胞へ情報が伝わります。
イメージとしては、
「送り手」
↓
「セロトニン」
↓
「受け手」
というようなものです。

抗うつ薬は、どうやって生まれたのでしょう?
ここで少し歴史を振り返ってみましょう。
現在では、SSRIやSNRIなどの抗うつ薬が広く使われています。
しかし、抗うつ薬の歴史が始まった1950年代には、現在のように「うつ病では脳の中で何が起きているのか」が分かっていたわけではありません。
最初の抗うつ薬の一部は、実は別の病気の治療薬として開発されていました。
結核の治療薬として使われていたイプロニアジドでは、患者さんの気分や活動性が改善することが観察されました。
また、イミプラミンという薬からも抗うつ作用が見つかりました。
こうした偶然ともいえる発見をきっかけに、「この薬は、脳の中で何をしているのだろう?」という研究が進んでいきました。
そして、セロトニンやノルアドレナリンなどの「モノアミン」と呼ばれる神経伝達物質が、うつ病の研究において重要なテーマになっていったのです。
1980年代後半には、セロトニンの再取り込みを選択的に抑えるSSRIが登場し、抗うつ薬の治療はさらに大きく変わりました。
そして、その後に登場したのが、セロトニンだけでなくノルアドレナリンの再取り込みにも作用するSNRIです。

SSRIやSNRIは「セロトニンを補充する薬」ではありません
ここは、意外と知られていないところです。
SSRIは、「セロトニンを外から足している」わけではありません。
神経細胞から放出されたセロトニンは、役目を終えると再び回収されます。
SSRIは、この「再取り込み」を抑えることで、神経細胞同士の間でセロトニンが作用する時間や量を調整します。
SNRIは、これに加えてノルアドレナリンの再取り込みも抑えます。
SSRI→ セロトニンの神経伝達を調整する
SNRI→ セロトニンとノルアドレナリンの神経伝達を調整する
ということです。

「うつ病=セロトニン不足」なのでしょうか?
ここで立ち止まる必要があります。
「抗うつ薬がセロトニンの働きを調整する」
↓
「症状が改善する」
↓
「では、うつ病の原因はセロトニン不足だったのだろう」
と考えたくなりますが
現在の研究はそこまで単純な結論を支持していません。
セロトニンとうつ病の関係を調べた大規模なレビューでは、「うつ病はセロトニンの量が少ないことによって起こる」という単純な説明を支持する一貫した証拠は確認されていません。
つまり、「セロトニンが大切」と「うつ病の原因はセロトニン不足」は、同じ意味ではないのです。
「薬が効く」と「それが病気の原因」は別の話
これを身近な例で考えてみましょう。
風邪をひいて熱が出たとします。
解熱剤を飲めば、熱が下がって楽になることがあります。
では、「解熱剤が効いた」=「熱が風邪の原因だった」でしょうか?
違いますよね。
熱は、身体の中で起きている変化の一つです。
解熱剤は、そのつらい症状を和らげることで、身体を楽にしてくれます。

抗うつ薬についても
「この薬が神経伝達を調整することで症状が改善する」ことと
「その神経伝達物質の不足が、病気の根本原因だった」ことは別の話なのです。
これは、抗うつ薬の効果を否定する話ではありません。
むしろ逆です。
抗うつ薬は、実際に多くの人の症状を改善し、生活を支えてきました。
薬によって苦しみが軽くなり
「眠れるようになった」
「外に出られるようになった」
「人と話せるようになった」
「仕事に戻れるようになった」
という人もいます。
医学が薬を通して脳の仕組みを研究してきたことには、大きな意味があります。
では、なぜ薬によって症状が改善するのでしょうか?
先ほど、SNRIはセロトニンとノルアドレナリンの「再取り込み」を抑えることで、神経伝達を調整するとお話ししました。
では、そこから先、脳の中では何が起こっているのでしょうか?
ここが、抗うつ薬を理解するうえで、とても大切なところです。
抗うつ薬は、飲んですぐに脳そのものが大きく変わるわけではありません。
セロトニンやノルアドレナリンの働きが変化することは比較的早く起こります。
一方で、「気分が少し楽になった」「物事を前向きに考えられるようになった」といった変化が現れるまでには、時間がかかることがあります。
「薬を飲む」
↓
「神経伝達が変化する」
↓
「その影響が脳のさまざまな仕組みに伝わる」
↓
「脳の働き方にも少しずつ変化が起こる」
という流れが考えられているのです。
つまり、抗うつ薬は単純に「セロトニンを増やして、気分を良くする薬」というだけではありません。
神経伝達を調整することをきっかけとして、その後の脳の働き方や神経回路の変化にも影響している可能性があるのです。
そして、ここで登場するのが「神経可塑性」という考え方です。
神経可塑性とは、「脳は変化できる」ということ
神経可塑性というと、少し難しく聞こえるかもしれません。
簡単に言えば、「脳は、経験によって変化する」という性質のことです。
私たちの脳は、生まれたときにすべてが完成して、その後ずっと同じ状態のまま使われるわけではありません。
経験したこと。
繰り返したこと。
学習したこと。
環境から受けた刺激。
そうした日々の経験によって、神経細胞同士のつながりや、神経回路の働き方は少しずつ変化していきます。
これを、道にたとえてみましょう。
脳の中には、神経細胞同士が情報をやり取りするための「道」がたくさんあるとイメージしてください。
同じ道を何度も通っていると、その道はだんだん通りやすくなっていきます。
一方で、あまり使わなくなった道は、次第に通りにくくなっていきます。
そして、新しい道を何度も通れば、これまで使っていなかった道も少しずつ使いやすくなっていきます。
脳の神経回路も、これと似たように、私たちがどんな経験をし、何を繰り返すかによって、その働き方が変化していきます。
つまり神経可塑性とは「経験によって、脳の神経回路のつながりや働き方が変化する性質」なのです。

自転車に乗れるようになることを考えてみてください
初めて自転車に乗ったときはどうだったでしょうか。
「右に倒れる!」
「左に傾いた!」
「ペダルをこがなきゃ!」
と、一つ一つを意識しながら練習します。
ところが何度も練習しているうちに
「あれ?」
と思うほど自然に乗れるようになります。
毎回、「右に傾いたから、左にハンドルを切ろう」などと考えなくても、身体が自然に調整するようになります。
これは、繰り返した経験によって、脳と身体の情報処理が変化していったからです。
これが、神経可塑性をイメージする一つの分かりやすい例です。

「脳のクセ」ができる、と考えると分かりやすい
私たちは、繰り返したことを得意にしていきます。
自転車もそうです。
スポーツもそうです。
楽器もそうです。
そして、考え方や感じ方にも、ある程度「クセ」ができていきます。
例えば
「失敗した」
↓
「また失敗するかもしれない」
↓
「やらないでおこう」
↓
「やっぱり自分にはできない」
という経験を何度も繰り返していたら、次に似た状況になったときにも、同じような考え方や反応が起こりやすくなるかもしれません。
反対に
「やってみた」
↓
「思ったより大丈夫だった」
↓
「もう一度やってみよう」
↓
「少しできた」
という経験を重ねれば
「やってみても大丈夫」
という新しい学習が生まれる可能性があります。
脳には、このように経験をもとに変化していく力があります。

だから「心理療法」も脳に働きかける
ここで面白いことが分かります。
『脳に作用する』と聞くと「薬を飲むこと」をイメージするかもしれません。
しかし、人間の脳に変化を起こすのは薬だけではありません。
心理療法もその一つです。
例えば認知行動療法では
「自分は何を考えているのか」
「その考えによって、どのような感情や行動が起きているのか」
「別の見方をするとどうなるのか」
などを一緒に整理していきます。
そして、これまでとは違う考え方や行動を実際に経験していきます。
これは、神経可塑性という「脳が経験によって変化する性質」ともつながります。
実際、心理療法によって脳の活動やネットワークに変化が生じることを示す研究があります。
薬物療法と心理療法では変化する脳領域に違いもありますが、どちらも脳機能の変化を伴うことが報告されています。
つまり、薬だけが脳に作用するわけではないのです。
薬も、心理療法も、経験も、環境も、さまざまな入口から脳の状態に影響を与える可能性があります。

そして、この考え方は「慢性的な痛み」にもつながります
抗うつ薬の中には、慢性的な痛みに使われるものがあります。
なぜでしょうか?
その理由の一つが、「痛みもまた、脳と神経によって調整されているから」です。

痛みは「痛い場所→脳」という一方通行ではありません
例えば、足をぶつけたとします。
足の組織に刺激が加わると、その情報が神経を通って脊髄へ、そして脳へ伝わります。
「痛い!」と感じます。
ここまではイメージしやすいと思います。
しかし、実は脳から脊髄へ向かって
「この痛みの情報をどのくらい通すか」
を調整する仕組みもあります。
これを「下降性疼痛抑制系」と呼びます。
痛みには「音量調節」のような仕組みがある
ラジオの音量をイメージしてください。
同じ音源でも、音量を10にすることもできれば、3にすることもできます。
痛みも単純に
「身体の損傷が10だから、必ず10の痛みを感じる」
という仕組みではありません。
脳や脊髄では、痛みの情報がどの程度強く感じられるかを調整しています。
この調節には、セロトニンやノルアドレナリンなどの神経伝達物質も関わっています。

特に、脳から脊髄へ向かう「下降性疼痛抑制系」では、状況によって痛みを弱める方向の調節をします。
つまり、「脳から痛みを弱めることもあれば、強めることもある」ということです。
この仕組みのバランスが慢性痛に関係することが分かってきています。
慢性痛では、下降性の痛みの抑制が弱くなったり、痛みを促進する側にバランスが傾いたりすることが、痛みの持続に関係する可能性があります。
だから、慢性的な痛みも「痛い場所だけ」の問題ではない
もちろん、「腰が痛いのは腰に問題があるから」という身体側の問題もあります。
そこを無視してはいけません。
一方で、痛みが長く続いている場合には
身体の状態
+
神経の状態
+
脳による痛みの調節
+
睡眠
+
ストレス
+
これまでの経験
など、さまざまな要素が関係してきます。
だからこそ、「痛いところだけを何とかする」という視点だけでは、十分ではない場合があります。
身体にも「新しい経験」を積ませる
ここで、神経可塑性の話がもう一度つながってきます。
例えば、腰が痛くて「動いたらまた痛くなる」という経験を繰り返しているとします。
すると
痛い
↓
動かない
↓
身体をかばう
↓
動くことへの不安が強くなる
↓
さらに動かなくなる
↓
血流が悪くなり足腰が弱くなる
↓
痛みの慢性化
というパターンができてしまうことがあります。

だからといって、「それは気持ちの問題です」という話ではありません。
脳と身体が、それまでの経験を学習しているということです。
だからこそ「安心して動けた」という経験が大切
例えば
「今日はここまでなら痛みなく動けた」
「思ったより大丈夫だった」
「この動きなら怖くない」
という経験があったとします。
それを少しずつ積み重ねる。
すると「動く=危険」だけではなく
「動いても大丈夫」という新しい経験を身体と脳に学習させていくことができます。

もちろん、すべての慢性痛がこれだけで改善するわけではありません。
痛みの原因や病態を適切に評価することは大前提です。
そのうえで
「身体は変化する」
「神経も変化する」
「脳も経験によって変化する」
という可能性を知っておくことには、大きな意味があると私は考えています。
私が整骨院で大切にしていること
ここまで読んでいただいた方には、当院がなぜ「安心・安全」を大切にしているのかも、少し伝わったのではないでしょうか。
私は、痛みや症状を単なる「邪魔なもの」として扱いたくありません。
もちろん、痛みはつらいものです。
できれば早く楽になってほしい。
それは当然です。
でも、その痛みだけを無理に消そうとするのではなく
「今、身体はどんな状態なのだろう?」
「なぜ、この状態になっているのだろう?」
「どうすれば安心して身体を動かせるようになるだろう?」
と、その方の身体全体を見ていきたいと思っています。
症状の先にある「その人の人生」を見たい
私が目指しているのは「痛みを取ること」だけではありません。
痛みがあることで
旅行を諦めている。
子どもや孫と遊べない。
好きなスポーツができない。
外出するのが億劫になった。
仕事をするのがつらい。
そんな状態から
「もう一度やってみよう!」
と思えるようになってほしい。
その人が、自分の身体を信じられるようになってほしい。
そして、「身体のことを心配する毎日」から、「自分の人生を楽しむ毎日」へ戻ってほしい。
そのために、私は顧客様と関わっています。

薬も、心理療法も、身体へのアプローチも
抗うつ薬の歴史を調べていくと
「人間は、まだ脳のすべてを理解しているわけではない」
ということに気づきます。
それでも研究者や医療者は、一つ一つの発見を積み重ね、多くの人を救ってきました。
私は、その医学の歩みに大きな敬意を持っています。
そして、そこから私たちが学べることがあります。
人間の心や身体は、一つの物質だけで説明できるほど単純ではない。
薬によって変わることもある。
言葉や心理療法によって変わることもある。
経験によって変わることもある。
身体を動かすことで変わることもある。
安心できる環境の中で変わることもある。
人間の身体には、「変化する力」があるのです。

だから私は、身体の可能性を大切にしたい
症状を「敵」として見るのではなく、「今の身体が教えてくれている情報」として受け止める。
痛みがあるなら、なぜ痛いのかを一緒に考える。
身体が動かしにくいなら、どうすれば安心して動かせるのかを考える。
そして、小さな「できた」を積み重ねていく。
その積み重ねが、その人の身体にとって新しい経験になり、これまでとは違う身体の使い方につながっていく可能性があります。
私は、整骨院の仕事を単に「痛いところを施術する仕事」だとは考えていません。
その方が自分の身体を知り、「自分の身体は変わっていけるかもしれない」と思えるようになる。
そして、「もう一度、やりたいことをやってみよう」と思えるようになる。
そのためのお手伝いをすること。
それが、私がこの仕事を通して大切にしたいことです。
身体には、まだまだ変化する可能性があります。
その可能性を一緒に探していきましょう。

お薬を服用されている方へ
この記事は、抗うつ薬やその他のお薬の中止・減量を勧めるものではありません。
現在お薬を服用されている方は、自己判断で中止したり、量を変更したりせず、処方された医師や薬剤師にご相談ください。
薬による治療と身体へのアプローチは、対立するものではありません。
それぞれの役割を理解しながら、その人にとってより良い状態を目指していくことが大切だと考えています。
参考文献・参考情報
この記事では、抗うつ薬、セロトニン、神経可塑性、心理療法、慢性痛における痛みの調節について、医学研究・レビューを参考にしています。
より詳しく知りたい方は、以下の文献もご参照ください。
・抗うつ薬の発見と、セロトニンやノルアドレナリンなどの研究が発展してきた歴史
PubMed:Monoaminergic neurotransmission: the history of the discovery of antidepressants from 1950s until today
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/19442174/
・「うつ病=セロトニン不足」という単純な考え方について
PubMed:The serotonin theory of depression: a systematic umbrella review of the evidence
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35854107/
・神経可塑性と、薬物以外の治療による脳の変化について
PubMed:Non-pharmacological interventions and neuroplasticity in major depressive disorder: a systematic review
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/40994837/
・脳から脊髄へ向かう「痛みの調節システム」について
PubMed:Descending pain modulation and chronification of pain
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/24752199/
・抗うつ薬の作用機序がどのように考えられてきたのかについて
PubMed:The evolution of antidepressant mechanisms
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/14748749/
※この記事は医学的な情報を分かりやすく紹介することを目的としており、診断や治療の代わりになるものではありません。お薬を服用されている方は、自己判断で中止・減量・増量せず、処方された医師や薬剤師にご相談ください。
ご予約・ご相談について
ご予約・ご相談は、
お電話またはLINEから受け付けています。
取手市で整体・整骨院をお探しの方は、
お気軽にご相談ください。
📞 0297-85-2915
🏠 茨城県取手市青柳720-2
🕐 平日9:00〜12:30/15:00〜20:00 土曜〜18:00(水・日休診・祝日営業)
-1-1024x576.png)

